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タイに行きタイ

出来事をつらつら書いていきます。

「あの日」から1ヶ月が経過した今(13本目)

お久しぶりです。
長瀧です。

今までブログ更新せずすみません。
今日はしっかり書くので、ご愛敬ということで……


今回はおそらくタイに知り合いがいる人は一番知りたい「あのこと」について、
つらつらと書いていこうと思います。

この内容は、非常に慎重に扱わなければいけないものなので、
もし何かご指摘があれば遠慮なく言ってください。

2016年10月13日、ラーマ9世「プミポン国王」の崩御

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2016年の10月13日、プミポン国王の名で親しまれている、
ラーマ9世が崩御されました。


わずか18歳という若さでタイ国王に即位してから、70年と4ヵ月もの間王位に就いておられました。
日本で言う昭和時代よりも5年ほど長い、一つの大きな時代が幕を閉じたのです。

在位中は現地視察などに力を注がれており、
タイ国民からも非常に大きな信頼を集めておられました。
キヤノンの一眼レフを首に提げる姿が印象的なのも、
精力的だった現地視察がそうさせているのでしょう。

プミポン国王、およびタイ国民の皆様に、心からお悔やみ申し上げます。

プミポン国王が崩御された直後のタイ

本当に多くの人から支持を集めていた国王だったので、
崩御されたとき、タイの国中が大混乱でした。

それは日本人や他の国から来た人たちだけでなく、
当のタイ人たちも「なにをどうしたらいいかわからない」という状況でした。


加えて当時、たまたま都市部では爆破予告が出ていたこともあり、
バンコクに住む多くの人が、国王を偲ぶ気持ちと自分の身の心配の間にいました。


当の僕は、来るであろう禁酒に備えて
少しお酒を買いだめしました(結局こなかった)。

翌日、まさかの社員旅行

実は3ヵ月ほど前から、年一回行っている社員旅行の日にちが決まっており、
それがなんと崩御の翌日になってしまっていました。

会社では17:00頃に通達があり、社員旅行をやるべきか否か、
全員が集まってミーティングを行いました。


結果として、国王に対して失礼のないよう細心の注意を払いつつ、
社員旅行は決行しよう、という結論になりました。

延期しようと思ったら年あけちゃうし。


ということで崩御された翌日から、社員旅行に行きました。


当日、みんな揃って高速バスの中へ。
あんなことがあった次の日だからなのか、はたまた単純に朝だったからなのか、
皆さんの表情はどことなく暗い雰囲気を醸していました。

全員会社指定の黒ポロシャツだったからそう見えただけかもしれないけど。


とまあ、そんな感じで2泊3日の社員旅行がスタートしました。
詳細はいつか書きます。多分。もしかしたら。


やっぱり心中は、「こんなことしてていいのかなぁ」
という思いがどうしても拭い切れませんでした。
たぶんタイ人もそんな思いはあったかと思います。

率直に気になる「タイ人の心中」

やっぱりどうしても気になるので、
同じ部屋で寝ることになった(いびきが超弩級にうるさい)タイ人に、
直球で「今タイ人って何考えてる?」と聞いてみました。タイ英語で。

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同じ部屋のタイ人

自分たちも正直どうしていいかわからない」と、
こちらも直球で返ってきました。

「70年前にあった出来事
(タイ人はこの出来事を"The really bad thing"と表現します)を、
自分たちは目の当たりにしていない」

「もちろんとてつもなく悲しいし、
もしバンコクにいるなら王宮に行ってお祈りをささげるつもりだけど、
そこから先は周りをみてそれに合わせていくことしかできない
とそのいびきタイ人は続けました。


冷静に考えればわかる話で、昭和天皇が崩御したとき、
大正天皇の崩御を体験している人はごくわずかしかいなかったはずで、
やっぱり日本でもそういった混乱は発生していた……のでしょう。

平成生まれだからわからないけど。


こういったときの所作が完璧にわかる人はそれこそ歴史に学がある人や、
めっちゃ敬虔の念が深い人、王宮に携わっている人、
あるいは王家そのものくらいしかいないわけで、

ほかの人は何をしていいやらというのが正直なところだったかと思います。


そういうこともあって、
国王の崩御から2-3日はとても多くのタイ人が王宮で祈りをささげていましたが、
それ以降は本当に、
普段と何ら変わらない生活を送る方が徐々に増えていきました。

国王が崩御されてから5日ほど経ったタイ

社員旅行から帰ってきて、いつも通り(服はモノクロで)出勤すると、
社員の方からリボンを渡されました。

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これは喪章で、「30日間は着けているように」と通達がありました。
因みにこれ1回無くして1回ふにゃふにゃにしたので3個目です。
割と怒られました。


また、これは日本でニュースになっていたかもしれませんが、
哀悼の意を示すために、
タイでは衣服を上下黒で統一するということが推奨されました。

そのため、黒い服が瞬く間に売れ、
政府が不当な値段釣り上げを防止するように目を光らせていました。(手荷物検査より格段に価値あるな)


インターン生という立場上
そんなにポンポン服が買える財政ではないので、
僕はリクルートスーツでだましだましやりました(割とがっつりピンク着て怒られたこともありました)。

タイ国中のショッピングモールで流れる「ジャズ」

国王が崩御されてから、タイのショッピングモールでは、
ひとつのジャズソングを流すようになりました。


実はプミポン国王はサックス奏者としても知られており(崩御されるまで知らなかった)、
自身で曲を作って演奏もするような多才の持ち主でおられました。


僕はこの変化で
「なんで急にショッピングモールが洒落だしたんだ」と思ったのですが、
それくらい、お世辞の必要がないくらいに
完成度が高い曲を作られておりました。素直にすごい。

電車の広告やホームページにおける変化

恐らく、外国人が一番変化を感じられたのは、
人ではなく広告やインターネットの部分だったと思います。

少なくとも僕はそうでした。


いつかご紹介したタイの乗り物"BTS"は、
電車内で電子公告が広告が流れます。

日本とは違い音付きで流れるので、ウザいときは結構ウザいです。
その車内広告が、ひたすら国王への追悼、
そして国王が残した功績をタイ語で流すものに変わっていました(撮影はさすがに不謹慎なので写真はありません)。


Googleのホームページも、モノクロで表示され、
クリックすると
プミポン国王の検索画面に切り替わる仕様になっていました。

その他の大手サイトも、ほとんどがモノクロ仕様。


中には、自分でスマホの設定を
全てモノクロにしているタイ人もいました。

Facebookのサムネイルを「真っ黒」にするタイ人

タイ人の変化がインターネットで特に顕著にみられたのは、
FacebookをはじめとするSNSのサムネイルです。

国王が崩御されてから数日と経たないうちに、
90%以上のタイ人がFacebookのサムネイルを真っ黒に変えていました。


日本人も何人か真っ黒にする人がおり、
そのうちの何人かはインターネットでわざわざ「黒」と検索をかけて
画像を保存してサムネイルに設定するという手順を踏んでいました。
多分Facebookの連動機能で実装されてたよね……


こうして、僕のFacebookは
ものすごい勢いでサムネイル変更の嵐に見舞われました。


サムネイルを真っ黒にしたタイ人が多くいたのですが、
そのうちの多くの方は
国王への哀悼の念をFacebook上にポストしていました。


僕の知り合いではないのですが(防御線ではありません)、
Facebookで国王に追悼しつつも、
モノクロで自撮りを挙げているポストも散見されました。

この人たちは国王の崩御すらも
自己顕示の道具にしてしまうのか……と、少し悲しくもなりました。

やっぱり王国の民とは言え現代に生きる人々、考え方は多種多様です。

1ヵ月が経過して思うこと

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1ヶ月が経ち、会社の隣の公園で行われたお祭り。国王とは直接的には関係ない。


プミポン国王の崩御から1ヵ月が経過したことにより、
娯楽などへの抵抗も緩和されるようになりました。

と社会的には言いたげな雰囲気ですが、
実際には1週間ほどで、
娯楽に対する意識は通常に戻っている方が多かったです。

ナイトスポットも通りの電気を消してはいますが、
通りを歩いていると容赦なく客引きされます。
休業中なのは外見だけです。


もちろん各所で追悼イベントをするときはありますし、
その度に多くの人が集まり、涙を流しながら追悼します。


その一方で、普通に仕事はしますし、
普通にお酒も飲んでワイワイやります。

誕生日イベント!みたいなカッチリとしたものはやりませんが、
みんなで集まってお酒飲んだりすると
結局おんなじくらいうるさいです。



この一連の流れを見て僕は、いい意味でも、ちょっと良くない意味でも、
プミポン国王の崩御は
「出来事」から「歴史」へ移っているな、と感じます。

それも、思っているよりもはるかに速いペースで。


ただよくよく考えてみたら、
日本で同じことはまあ起こりえないだろうな、とも思ってしまいます。

今上天皇が崩御されたとして、
一体どのくらいの割合が涙を流して追悼するだろうかと。

まあそもそも王制じゃないし、そりゃあ全然立場が違うんだろうけど、
でも少し寂しいよな、と感じます。

日本人の多くは「次の元号何になるだろうね」とか考えるだろうし、
Twitterでは3日としないうちに
大喜利が始まるんだろうなと邪推してしまいます。


どっちがいい、悪いとかの話ではなく、どっちもひとつの文化なのですが、
タイでこういうことを経験したので、
日本の天皇制について少し考えるようになりました。

まとめ

日本ではタイの国内情勢がどのように触れられているのかわかりませんが、
実情は僕がお伝えした通りです。

タイ人は思ったよりも元気ですし、
僕は相変わらずタイ人に道案内をしています。


ものすごく不謹慎ではありますが、とても貴重な経験だと思います。

今4,000文字を超える量書いていますが、
この体験はこんなものでは収まりません。

具体的な話を聞きたい人は、直接聞いてください。
ご連絡お待ちしてます。面倒だったら返さないけど。


長々と失礼いたしました。
今日はこの辺で失礼します。
真面目なのでヘンなあいさつは無しです。コップンカップ。